最近『読み聞かせ』やってます。

 こんにちは、キリスト教福音宣教会(摂理)、牧師のけんじです。大阪の主聖霊教会に所属しています。少し前に子育てに関する話を書きましたが、今日はその続きです。男の子を育てることに男親の関わりが必須だと思っていますが、小学校低学年の息子に対して最近始めたのが「絵本の読み聞かせ」です。ある本を読んだことをきっかけに、私の方が急にやる気になって先週くらいから取り組んでます。(学年的には、ちょっと遅いですが、、)

 夜寝る時間が近づくと、「今日も絵本を読もう」「今日はどの本がいい?」「今日は〇〇と〇〇を読もうか?」とか言い、約束しておいて、早めに布団に行って、短いものを2~3冊読んでから寝るというのがリズムになりつつあります。個性派の息子なので、毎日だいたいリクエスト本があります。

 その子育て本に書いていた、「読み聞かせによって得られる効果」は、国語力(言語理解力)、集中力などなどでした。確かに!と思いつつ、父と子が向き合い愛を確認する時間、寝る前に安心感を与える時間でもあるなと感じています。読み終わって、彼が起きていれば一緒にお祈りし、寝てしまっていれば一方的にお祈りしてあげています。妻が過去から息子にやってくれていた読み聞かせの理由もよく分かるようになりました。

 思えば私も父から多大な愛情を注いでもらって育ちました。一番の父子の交流は「野球の練習時間」でした。夜家の前で素振りをすれば、必ずのぞきに来てくれた父。小学4年からソフトボールでピッチャーをしていた時、帰宅後の練習で父相手に投げ込んだ球数は何千球にものぼると思います。父の左手人差し指が赤く腫れ上がっていました。今でもその当時の光景がはっきりと思い出されます。青春でしたね。あれがボールのやり取りであると共に、完全に愛情の交流だったなということは、御言葉を学んでから後に気づいたことです。

 摂理に来て、チョン・ミョンソク牧師(先生)から受けたものは計り知れません。宗教、摂理というと、世間では、「洗脳だ」「お金の巻き上げだ」などという憶測を超えた誤解ワードが飛び交います。実際は全く違います。私が先生からしてもらったこと、、それは数えきれません。何万人という会員が世界70か国にいるにも関わらず、私個人からの問いかけや手紙での質問に答えてもらった回数だけでも片手では数えきれません。結局そのやりとりで受け取ったものの根本は、紛れもない「愛情」でした。それが自分という人間を個性通りに大きく育てる糧となったことは否定できない事実です。

 両親からもそうですが、先生からも膨大に注いでもらってきた愛情。摂理に出会い、聖書と御言葉を土台にして愛について学んだから、はっきり理解できるようなりました。その愛を正しく思う存分伝えていくのが私の生きる上での使命だと思います。

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